無秩序、人花、あい。








「いや、」

アレンの瞳が怯えに染まり、身体はがくがくと無秩序に震えているのを見た神田は、石のように動けなくなった。その言葉をまだ飲み込めずに訝しげに見つめていると、少年はつかまれた手首の解放をせがむように暴れだす。

「いやだ!!さわるな、さわらないで、いやぁあああ!!」

少年は、ただただ恋人の手から解放されるのを望み、ただひたすら闇雲にその身を動かし、涙する。恋人は状況が読み込めず、ベッドの上で少年を傍観する。驚きのせいだろう、少年の手首はすでに恋人から解放され、自由の身になっている。アレンは押し倒されていた身体を起こしベッドから逃げ出し、裸になっていた上半身を神田が着用していたシャツを服で覆った。そして肩を上下に震わせ、がたがた奮え、部屋のすみで、何かに怯えているのだ。(今そこに、涙はなかった。)

「い、…あ…、あ……っ」

神田は、当然ながら戸惑いを隠せないままで、いまだベッドの上で呆然としている。アレンの拒絶と、涙の理由に錯乱し、そして自分が今どうすべきか、わからずにいる。ようやく神田は止まってしまった思考を復活させ、アレンの傍に恐る恐る近寄っていく。

「アレン…?」

なかなか素直に呼ぶことができない名を、今ようやく彼が口にしたのは、アレンの状態に戸惑っているからだろう。ようやく二人の距離がほとんどなくなったとき、神田はアレンに触れていいか戸惑いながらも、その震える肩に触れた。

「こ…わ、い…い、やあ…ぁあ…」

一度だけ流れそのまま止まっていた涙が、決壊したようにぼろぼろ溢れた。アレンは耳を塞ぎ、自分の中へと逃げ込むように、小さな身体を、いっそう縮こませる。神田は何をするでもなく、ただアレンの隣で、冷たくなった身体にかまうことなく共にいる。そして暫く時間を置き、ようやくアレンの肩の震えがとまったころ、神田はぎこちなく尋ねた。

「…どうした?」

間をおいて、アレンの口から、今にも消えそうな声が零れ落ちた。

「こわい」

(あなたがいると僕は幸せになる。あなたがいると僕は笑っていられる。嘘で塗り固められた笑顔を捨てていられる。)
(僕はあなたを記憶していく。あなたの世界。あなたとしかいられない世界、その世界の崩落を怯える自分を。)
(幸せに溺れた僕は、あなたしか考えられないでいる)

そして僕は、いつかマナを忘れてしまうのだろうか。


「こわい、マナ、忘れちゃだめなのに、いやだ、マナ、マナ、」

神田は、気付いた。彼の今までの経歴が、どれほど彼に影響を及ぼしているか。
そして、思い出す。彼はただひとり、義父だけを愛し続け、そして義父と己のためにアクマの救済を願い続けていることを。彼の定義が、すべて義父によるものであると。



「僕の中から、きえないで…、っ いやだ、マナ…!!」





少年は、恐れていた。これまで少年が築き上げてきた世界の崩落を。


































天から舞い降りた天使、茲さん(Bugia pecoreマスター)から頂きました。
貰ってほっこり、読んでうっとりの美しき作品です。
茲さんの書かれる話は繊細で、硝子みたいに透き通ってきれいだと思う。
蒼いイメージ!でも内容が鮮烈だから、赤いイメージもある(どっち)
忘却に怯えるアレンが可哀相で、寸止めの上に拒絶された神田が憐れです。
今後の夜の営みに関してのトラウマになること必死。頑張れ神田わたしは応援してるよ!
ばかな邪推をしてすみません。
アレンの小さな箱庭みたいな世界を、神田ならきっと優しく壊してくれると思います。
切ないけどがんばれ!と心底思えるすてきなお話。
茲さん、本当に本当に、ありがとうございました・・・!

(あ、ちなみに上記の茲さんのHPだともっと美しいデザインで同じお話が読めますハイみんなダッシュしてェエエ!)


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