「馬鹿ですね、本物の。」 筆を動かす手を止めずに、アレンが無表情でそう言うので、神田は今にも抜刀しそうな(もちろん刀は持っていない。雰囲気で、ということだ。)勢いでんだとコラ、と言った。もはやガラが悪いのを通り越して極悪人の表情だけれども、アレンは気にしない。こんなこと、しょっちゅうなのだから。 「ほら、綺麗な顔が台無しですよ。」 無表情に思ってもいないことを言われて(アレンは人を褒める天才だった。特に女性に対しては。)神田は勢いよく机を叩こうとして、止めた。アレンが絶対零度の眼差しを注いでいたので。机の上には彼の筆を洗う水を貯めてあるコップが並んでいた。しぶしぶ手を下ろせば、アレンは少しおかしそうに笑う。 「神田は馬鹿です。」 「てめぇの方が馬鹿だろうが。」 「なに言ってんですか、馬鹿なのは神田です。」 馬鹿、と何度も繰り返されて、神田は今にも血管が切れてしまいそうだった。間違いなく間違えたのだ。相談する相手を。恋人だからといって、何でもかんでも聞くものではないな、と思いながら、数分前の自分を後悔していた。勿論、神田の恋人というのはアレンであり、しかしながら『何でもかんでも相談する』ような『お互いを支えあって、ラブラブいちゃいちゃ』という関係ではまったくない。神田は『ラブラブ』や『いちゃいちゃ』とは程遠い人間なのである。話が逸れていくのを頭の隅で自覚しながら神田はため息をついた。付き合っているというよりは、なんだか気がついたら一緒にいたのである。始めてであったころ、神田はアレンが嫌いだった。アレンも神田を嫌っていた。おそらく、憎んですらいただろう。どう転んでこうなったかは覚えていない。けれど、神田はアレンの描き途中の絵を見た。おそらく、アレンと神田は、許しあえる範囲にいたのだ。 「側にいてあげますよ。」 ようやく筆を置いて、銀が足りないとこぼしながらアレンは神田の漆黒よりも濃い黒の瞳を見つめた。 「貴方が一人が寂しいというのであれば、終末まで側にいます。」 おどけた様子もなく真剣にそういわれたので、神田は寂しいとなんて言っていないという反論を口の中に押しとどめた。 「その時は貴方の絵を、描かせてくださいね。」 コップの水をシンクに流しながら、アレンが神田に背を向けて話すので、神田はふざけんな、と返すだけにしておいた。そして思い出す。初めてアレンが神田に、無邪気と呼べる態度で話しかけてきた日のことを。おそらくあの日の二人に、何時ものようなとげとげしい雰囲気はなかった。 『絵のモデルになってくれませんか。』 アレンは、そう言ったはずだ。神田はこう答えたはずだ。 『ふざけんな。』 |
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